• 日本の技日本の木 国産木製スプーン

    「 和のスプーン」誕生

     いま、木のスプーンを手にしています。軽くてしっとりと手に馴染み、器にも優しく、何より違和感なく美味しさを伝えてくれる口当たりの良さが秀逸。愛用するおかや木芸のスプーンです。
    国産の木製スプーンの中で、もっとも早くから有名百貨店で取り扱われてきたのが、おかや木芸が1988年に世に送り出した欅の「和のスプーン」です。
     このシリーズは岡英司がデザインし、頑固一徹の木工職人、渡辺錠一が取り組んだ「おかゆのためのスプーン」から始まりました。
     手にしたときの持ちやすさ、口当たりの良さやひとくちの量など、納得のいくまで数え切れないほど繰り返した試作のすえに、仕上げは漆職人、昌子経市が担当し、艶やかな拭き漆の下に鮮やかな木目を浮かび上がらせました。
     茶杓を削っていた職人と茶托に漆を塗っていた職人が思いを一つにしてスプーンに託したのは、「お客さまのお役に立ち、喜ばれるものをつくりたい」という職人魂でした。
     完成したスプーンは「和のスプーン」と名付けられ、使い心地はもちろんのこと、土ものの器にマッチする逸品として評価され、全国に広がっていきました。 そして、数年後に発表した欅の「カレースプーン」は、某雑誌においてユニバーサルデザインの代表として選ばれました。
     誕生から三十年以上経た今も、基本的なデザインや製法は変わりません。ティースプーン、レンゲ、フォークなどアイテムも増え、欅に加えて栗材、黒柿材、桜材にも取り組み、バリエーションも豊かになりました。そしてうれしいことは、おかや木芸の職人魂を継ぐ若い世代が育っていることです。
     私が手にするこのスプーンに派手さは微塵もありません。けれど、健やかで丁寧な暮らしには無くてはならない道具です。だからこそ、職人たちは永く使い続けるための漆の塗り直しという労力も惜しみません。
     おかや木芸が目指す「今の時代の暮らしに役立つものづくりは、「お客さまの笑顔あってこそ」という姿勢から生まれることを、この一本の木製スプーンが教えてくれます。
                    (ライター 三代久子)